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東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)54号 判決

原告 片岡利明

被告 東京拘置所長 国

主文

一  原告の被告東京拘置所長に対する訴えのうち、書籍「囚人組合の出現」の書評として、「世界革命」昭和五五年一月二一日号一一面に掲載された記事についてはその一部約八〇〇字を、「朝日新聞」同年二月一〇日号一三面、「救援」第一三〇号八面、「人民新聞」同月一五日号七面、「新地平」同年三月号一一七ないし一一九ページ及び「週刊ポスト」同月一四日号七七ないし七九ページに掲載された記事についてはいずれもその見出しを含む全文を同被告がそれぞれ閲読不許可とした処分について、主位的にその違法の確認を、予備的にその取消しをそれぞれ求める訴え、並びに右不許可処分に係る各書評記事の内容を文書により告知すべきことを求める訴えをいずれも却下する。

二  被告国は原告に対し、金一〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年六月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告東京拘置所長に対するその余の請求及び被告国に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告東京拘置所長との間においては全部原告の負担とし、原告と被告国との間においては、これを二〇分し、その一を被告国の、その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告東京拘置所長が原告に対し、昭和五五年七月二六日なした、書籍「囚人組合の出現」の閲読不許可処分を取り消す。

2  被告東京拘置所長が原告に対し、昭和五五年七月二六日なした、右書籍の校正刷り四〇枚の閲読不許可処分を取り消す。

3  (主位的請求)

被告東京拘置所長が原告に対し、昭和五五年一月一九日ころなした「世界革命」同月二一日号一一面掲載の右書籍の書評中約八〇〇字の閲読を不許可とする処分は違法であることを確認する。

(予備的請求)

前項の処分を取り消す。

4  (主位的請求)

被告東京拘置所長が原告に対し、昭和五五年二月一〇日ころなした「朝日新聞」同日号一三面掲載の右書籍の書評の見出しを含む全文約三〇〇字の閲読を不許可とする処分は違法であることを確認する。

(予備的請求)

前項の処分を取り消す。

5  (主位的請求)

被告東京拘置所長が原告に対し、昭和五五年二月一六日ころなした「救援」第一三〇号八面掲載の右書籍の書評の見出しを含む全文約一七〇〇字の閲読を不許可とする処分は違法であることを確認する。

(予備的請求)

前項の処分を取り消す。

6  (主位的請求)

被告東京拘置所長が原告に対し、昭和五五年二月二一日ころなした「人民新聞」同月一五日号七面掲載の右書籍の書評の見出しを含む全文約一五〇〇字の閲読を不許可とする処分は違法であることを確認する。

(予備的請求)

前項の処分を取り消す。

7  (主位的請求)

被告東京拘置所長が原告に対し、昭和五五年二月二五日ころなした「新地平」同年三月号一一七ないし一一九ページに掲載の右書籍の書評の見出しを含む全文約二五〇〇字の閲読を不許可とする処分は違法であることを確認する。

(予備的請求)

前項の処分を取り消す。

8  (主位的請求)

被告東京拘置所長が原告に対し、昭和五五年三月八日ころなした「週刊ポスト」同月一四日号七七ないし七九ページに掲載の右書籍の書評の見出しを含む全文約六〇〇〇字の閲読を不許可とする処分は違法であることを確認する。

(予備的請求)

前項の処分を取り消す。

9  被告東京拘置所長は原告に対し、右3ないし8項記載の削除抹消した書評記事の内容を文書により告知せよ。

10  被告国は原告に対し、金六〇万円及びこれに対する昭和五五年六月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

11  訴訟費用は被告らの負担とする。

12  右10及び11項につき仮執行宣言

二  被告らの請求の趣旨に対する答弁

1  被告東京拘置所長

(本案前の答弁)

(一) 請求の趣旨3ないし8項の主位的及び予備的請求に係る各訴え並びに同9項の訴えをいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案に対する答弁)

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  被告国

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) 担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  身分関係

原告は、昭和五〇年七月二二日から被告人として東京拘置所に勾留されている者である。

2  処分の事実

(一) 原告は、昭和五五年七月二三日、亀田博より、書籍「囚人組合の出現」(マイク・フイツツジエラルド著、長谷川健三郎訳、以下「本件書籍」という。)の差し入れを受けたが、被告東京拘置所長(以下「被告所長」という。)は、原告に対し同月二六日右書籍の閲読を許可しないとの処分(以下「処分一」という。)をなし、これを原告に告知した。

(二) 原告は、右同日、亀田博より、本件書籍の校正刷り四〇枚(以下「本件校正刷り」という。)の差し入れを受けたが、被告所長は、原告に対し同月二六日右校正刷りの閲読を許可しないとの処分(以下「処分二」という。)をなし、これを原告に告知した。

(三) 原告は、同年一月一九日越境社より、「世界革命」同月二一日号(以下「世界革命」という。)の差し入れを受けたが、被告所長は、同月一九日ころ同一一面掲載の本件書籍の書評中約八〇〇字の閲読を不許可とし(以下「処分三」という。)、右部分を抹消したうえ、右「世界革命」を原告に交付した。

(四) 被告所長は、同年二月一〇日原告が定期購読している朝日新聞同月一〇日号(以下「朝日新聞」という。)一三面掲載の本件書籍の書評の見出しを含む全文約三〇〇字の閲読を不許可とし(以下「処分四」という。)、右部分を抹消したうえ、右「朝日新聞」を原告に交付した。

(五) 原告は、同月一六日救援センターより、「救援」第一三〇号(同月一〇日号)(以下「救援」という。)の差し入れを受けたが、被告所長は、同月一六日ころ同八面掲載の本件書籍の書評の見出しを含む全文約一五〇〇字の閲読を不許可とし(以下「処分五」という。)、右部分を抹消したうえ、右「救援」を原告に交付した。

(六) 原告は同月二一日小沢文行より「人民新聞」同月一五日号(以下「人民新聞」という。)の差し入れを受けたが、被告所長は同月二一日ころ、同七面掲載の本件書籍の書評の見出しを含む全文約一五〇〇字の閲読を不許可とし(以下「処分六」という。)、右部分を抹消したうえ、右「人民新聞」を原告に交付した。

(七) 原告は、同月二五日新地平社より雑誌「新地平」同年三月号(以下「新地平」という。)の差し入れを受けたが、被告所長は、同日ころ同誌一一七ページないし一一九ページに掲載の本件書籍の書評の見出しを含む全文約二五〇〇字の閲読を不許可とし(以下「処分七」という。)、右部分を抹消したうえ、右「新地平」を原告に交付した。

(八) 原告は、同年三月八日長谷川健三郎より雑誌「週刊ポスト」同月一四日号(以下「週刊ポスト」という。)の差し入れを受けたが、被告所長は、同月八日ころ同誌七七ないし七九ページ掲載の本件書籍の書評の見出しを含む全文約六〇〇〇字の閲読を不許可とし(以下「処分八」という。)、右部分を抹消したうえ、右雑誌を原告に交付した。

3  違法性

(一) 右各処分は、いずれも、監獄法(以下「法」という。)三一条一、二項、監獄法施行規則(以下「規則」という。)八六条一項、「収容者に閲読させる図書、新聞紙取扱規程」(昭和四一年一二月一三日法務大臣訓令(以下「本件訓令」という。))三条一項、五項及びその運用通達である「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程の運用について」(昭和四一年一二月二〇日法務省矯正局長依命通達(以下「本件通達」という。))記の二の1(一)に基づきなされたものであるが、右各法令等は、憲法一三条、一四条、一九条、二一条一、二項、二三条、二五条、三一条及び四一条に反し、違憲である。したがつて、違憲の法令等に基づき、なされた本件処分一ないし八(以下「本件各処分」という。)は違憲である。

すなわち、各人が自由に、さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会をもつことは、その者が個人として自己の思想及び人格を形成・発展させ、社会生活の中にこれを反映させていくうえにおいて、必要不可欠であり、また民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流の確保という基本原理を真に実効あるものたらしめるためにも必要不可欠である。民主主義社会存立の前提として知る権利は最大の尊重をされるべきである。それ故、これらの意見、知識、情報の媒体である書籍・新聞紙等の閲読の自由が最大限に憲法上保障されるべきことは憲法一九条、二一条、二三条及び二五条の各規定の趣旨、目的から当然に派生するものであり、また憲法一三条の規定の趣旨に合致するものである。ことに、情報化社会が極度に発展し、マス・メデイアの巨大化と寡占化が行われている今日の社会状況の下では、書籍・新聞紙等の持つ意義は極めて重大であり、特に社会から隔絶された刑事施設に拘禁されている者にとつては、書籍・新聞紙等が唯一の意見、知識、情報の収集手段であると言つても決して過言ではない。

憲法三四条は勾留制度を許容しており、また勾留の態様につき刑事施設による集団拘禁の態様をとることを禁止していない。したがつて、未決被拘禁者は、憲法上無罪の推定を受ける法的地位にあるものとして、その処遇において一般人の生活と差異があつてはならず、当然のことながら憲法が保障する諸権利を有するものの、右勾留の目的及び集団拘禁という態様からする必要性(これを施設の規律・秩序と施設の管理面からとらえるのは誤りである。)による必要最小限度にして合理的理由のある制限を受けることは免れない。しかし、勾留の目的とは、あくまでも罪証隠滅行為の防止と逃亡行為の防止であり、また集団拘禁という態様からする必要性とは、あくまでも被拘禁者相互間の快適な共同生活行為の維持である。決して被拘禁者が罪証を隠滅せんと考えることあるいは逃亡せんと考えることまで禁止せんとするものでもないし、また快適な共同生活を破壊せんと考えることまでも禁止せんとするものでもない。

書籍・新聞等の閲読の自由は、もつぱら人の精神作用領域にとどまるものであり、行動領域とは極めて迂遠な位置にあるものであるから、右勾留目的及び集団拘禁という態様からする必要性とは、およそ程遠いものである。よつて、勾留目的及び集団拘禁という態様からする必要性をもつて書籍・新聞等の閲読の自由を制限することはおよそ憲法の許容するところではない。

しかるに、本件各処分の根拠たる前記各法令等は、勾留目的及び集団拘禁という態様からする必要性をもつて書籍・新聞等閲読の自由を制限し、知る権利を侵害している。

したがつて、右各法令は憲法一三条、一四条、一九条、二一条一、二項、二三条及び二五条に違反する。更に法三一条二項は同条一項をうけて、文書、図画の閲読に関する制限を命令を以て定めるべきことを規定しているが、これは「在監者」という範囲内であつても、その権利制限を包括的に命令に委任したものであつて、憲法四一条及び三一条に違反する。また、法的性質を有しない本件通達によつて文書、図画の閲読を制限することは憲法四一条に違反する。

(二) 本件各処分は、いずれもその手続過程に重大な瑕疵があり、憲法三一条に違反してなされたものであるから違憲である。

すなわち憲法三一条は、同一三条と相まつて刑事手続であると行政手続であるとを問わず国民の権利・自由にかかわるあらゆる公権力についての行使の基本原理として法の適正な手続を保障したものであるが、行政庁が国民の権利・自由の規制にかかわる処分をするにあたり、現行法上何らの手続規定がなく、又はこれが簡略なものであつて如何なる手続を採用するかにつき一応行政庁の裁量に委ねているようにみえる場合でも、この点に関する行政庁の裁量権が自由裁量であると解することはできない。すなわち、憲法三一条による規制を当然に受け、最低限の要件として告知・聴聞手続が必要である。けだし、かかる告知・聴聞によつてはじめて公正が担保され権利侵害を予防し、早期に救済する機能を果し得るからである。

しかるに、本件各処分はその手続において原告に対し告知・聴聞の機会を奪つたままなされたものであつて、憲法三一条に反すること明白である。被告らは、右処分が規則八六条、本件訓令及び本件通達に従つてなされたから適法であると主張するが、右各運用基準には何ら告知・聴聞手続を定めず、しかも漠然とした基準で勾留という公権力の行使により一方的、強制的に拘禁されている原告らの弱い立場を前提に行うというものであつて、とうてい憲法の規定するデユー・プロセスの保障を満たすものとはいえない。

(三) 法三一条二項にいう「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限」とは、刑事訴訟法(以下「刑訴法」という。)八一条に規定する制限であり、法三一条二項はその限度で制限の手続的細則につき命令に委ねた趣旨の規定と解すべきである。したがつて「規律」名下に知る権利を制限する規則等を設けることは許されないというべきである。

(四) 本件各処分は、いずれも憲法一三条、一四条、一九条、二一条一、二項、二三条及び二五条に違反してなされたものであつて違憲である。

すなわち、憲法の右各条項は、囚人にも思想、良心の自由、表現の自由及び学問の自由を保障しているのであるから、被告所長は、当該書籍等を原告が読むことによつて、拘禁と戒護に明白かつ現在の危険を生じることが予見されない限り、原告に対し右書籍等の一部又は全部の閲読を禁止することは許されないと解すべきところ、次の各事情に照らすと本件書籍等が右閲読禁止理由に該当しないことは明らかである。〈1〉本件書籍は、イギリスの監獄を中心に一九七〇年代の欧米の監獄における囚人運動の展開過程を分析し、法社会学の立場から刑罰制度と監獄制度が内包する矛盾の解決の方向を提起した極めて学術的、啓発的な書物であつて、その主要部分は著者の学位論文である。〈2〉本件書籍は、大阪拘置所、京都拘置所及び千葉拘置所では閲読禁止になつておらず、一部抹消も行われていない。また本件書籍の原書もイギリスの監獄では抹消されることもなく閲読許可されている事実がある。〈3〉同じ東京拘置所内においても「週刊ポスト」掲載書評が抹消されることなく閲読許可され他の在監者が閲読している。以上の諸事実は本件書籍等の内容が、拘置施設の安全を直接危険に陥らせるような性格のものでないことを客観的に裏付けている。

(五) 本件各処分は、以下の各事情に照らせば、いずれも被告所長が裁量権を濫用してなしたものであることが明らかであるから、違法である。〈1〉本件各処分は被告所長が原告らの囚人運動を妨害するためになしたものである。すなわち、東京拘置所においては昭和四九年に「獄中者組合」、昭和五一年に原告の参加している「獄中の処遇改善を闘う共同訴訟人の会」(以下「共同訴訟人の会」という。)が結成されて以来、囚人処遇の改善を求める運動は着実に発展して来たものであるが、被告所長は昭和五四年後半から巻き返しに転じ、(イ)囚人間の金品授受の全面的禁止、(ロ)従来無制限だつた囚人運動活動家による「特別発信」の回数制限(一日三通)及び(ハ)発信文や差入文書の削除範囲の著しい拡大等により原告らが積み上げて来た既得権を一方的にはく奪することで囚人運動を破壊し始め、右一連の弾圧政策の帰結として本件書籍の閲読禁止処分を行つた。〈2〉仮に処分一は妥当だとしても、本件書籍中閲読許可不相当な部分は一部であり、ただそれ以外の部分と分離しにくく、これを削除するのも事務的に繁雑であるから右書籍全部が閲読禁止とされたのであるから、本件校正刷りのように分離が容易な文書の場合は各丁の内容についてそれぞれ独立した判断がなされなければならない。しかるに被告所長は、本件校正刷りが本件書籍の一部のものであるという理由だけで内容のいかんを問わずすべて閲読不許可にしたものであるから、処分二は裁量権の濫用にあたる。〈3〉処分四ないし八は書評の本文ばかりか見出しまで削除しているが、見出し自体が原告の拘禁や戒護を阻害することはあり得ないから、右処分は処分一の不当性を隠し、原告が右処分に対し法的対抗措置をとることを妨害するためになされた悪質な処分であり、裁量権の濫用にあたる。〈4〉処分四については閲読不許可処分の後である昭和五五年三月一日、右新聞記事のコピーが原告に差し入れられ、閲読許可されており、読売新聞に掲載された本件書籍の書評記事についても同日閲読が許可されている。

4  本件各処分により、原告は多大の精神的損害を被つたが、これを金銭に換算すると、処分一につき金二〇万円、処分二につき金一〇万円、その余の各処分につき各金五万円を下らない。

5  被告所長が本件各処分をするにあたつては故意又は過失があつた。

6  よつて原告は被告所長に対し、本件処分一及び処分二の取消し、処分三ないし処分八につき主位的に右各処分の違法確認、予備的に右各処分の取消し並びに右処分三ないし処分八で削除抹消した書評記事の内容を文書により告知することを求め、被告国に対し、損害賠償金六〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年六月八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

二  被告所長の本案前の主張

1  請求の趣旨3ないし8項の主位的請求に係る各訴えについて

原告は「世界革命」ほか五点の新聞、雑誌等(以下これを総称して「本件雑誌等」という。)の記事の一部閲読不許可処分について、主位的にこれが違法であることの確認を求めるが、右処分はいずれも過去に完了した処分であり、かつその性質上後続する処分というものも考えられず、したがつてこれが違法であることを確認しても、現在の法的地位、利益に何らの変動をもたらすものではないから、右処分の違法確認を求める訴えはその利益を欠き、いずれも不適法である。

原告は、本件雑誌等に対する各閲読不許可処分により各抹消部分について閲読を禁止され、当該禁止を受忍すべき地位を強制されているから右違法確認の利益があると主張するが、本件各抹消の措置は、謄写用インクをもつて閲読不許可部分を塗りつぶすことによつて完了しており、もはや原状回復は不可能であるから、右各処分の違法確認を求める利益を有しない。

次に原告は、近い将来本件雑誌等の差し入れを受けることが予想され、右閲読不許可処分の違法確認を訴求することにより、次回以降における被告所長の本件雑誌等についての抹消行為を阻止することができるとして、訴えの利益があると主張するが、仮に右各処分の違法を確認する判決がなされても、当該判決それ自体の効力として、被告所長が当該判決以降原告に差し入れられた本件雑誌等について抹消行為をすることを阻止し得るものではないから、原告は、右各処分の違法確認を求める訴えの利益を有しない。

また原告は将来の閲読不許可処分が繰り返されることによつてもたらされる不利益を事前に予防するために既になされている処分の違法確認を求める抗告訴訟が許されると主張するが、このような予防訴訟が認められた例も存在しないし、前述のとおり判決の効力は将来の処分に及ぶものでもないから無意味である。

更に、原告は、抹消行為はその行為自体によつて文書の毀滅という物理的原状回復不能な結果をもたらし、ひとたび抹消行為がなされればその途中においてこれを阻止、また、事後において原状回復することは著しく困難であるとして、右各処分の違法確認によらねば今後予想される同種事例において権利の救済が望めないと主張する。しかしながら、本件訓令及び本件通達からも明らかなとおり、抹消は本人の同意によつてなしているものであり、原告が不同意であるならば抹消することはありえない(本件訓令一一条)。このように抹消自体は避けられるから今後予想される同種事例において権利の救済が得られないとの主張は失当である。

2  請求の趣旨3ないし8項の予備的請求に係る各訴えについて

原告がその取消しを求める処分はいずれも過去に完了した処分であり、その性質上後続する処分というものが考えられないのであるから、その取消しを求める訴えの利益がなく、右取消しを求める各訴えはいずれも不適法である。

3  請求の趣旨9項の訴えについて

右訴えは、行政庁の専権に属する事項について裁判所が行政庁に作為を命ずることを求めるいわゆる義務づけ訴訟であるが、行政庁にかかる命令をすることは法律に特別の定めがない限り裁判所の権限に属しないことであり、法の許容しない訴えとして不適法である。

仮に一定の要件の下では右のような義務づけ訴訟が許されるとしても、右一定の要件とは「処分が法律上覊束されていて自由裁量の余地がほとんどなく、第一次判断権を行政庁に留保すべき実質的な理由を認め難く、しかも、行政庁がその処分をしないことによつて、国民が現実に利益を侵害され又は侵害される危険がさし迫つており、他に適切な救済手段が考えられない場合」でなければならないところ、原告の右訴えは、右いずれの要件も満たしていないから不適法である。

なお原告は、被告所長が差し入れに係る文書等を原告に閲読させるべきことを法により覊束されていると主張するが、かかる覊束をする法令はないし、かえつて規則八六条一項には「文書図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と規定されているところであるから、原告の右主張も失当である。

三  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の(一)及び(二)の事実は認める。同(三)の事実中、昭和五五年一月一八日越境社から原告に「世界革命」が差し入れになつたこと及び被告所長が同紙一一面に掲載の本件書籍の書評のうち本文の半分弱(約七五〇字)の閲読を不許可とし、右部分を抹消のうえ、同月一九日原告に同紙を交付したことは認める。同(四)の事実は認める。ただし、抹消したのは約二五〇字である。同(五)の事実中、昭和五五年二月一四日救援連絡センターから原告に「救援」第一三〇号が差し入れられたこと及び被告所長が同紙八面に掲載された右書籍の書評のすべて(約一四〇〇字)の閲読を不許可とし、右部分を抹消のうえ、同月一六日原告に同紙を交付したことは認める。同(六)の事実中、昭和五五年二月一九日小沢文行から原告に「人民新聞」が差し入れられたこと及び被告所長が同紙七面に掲載された右書籍の書評のすべて(約九〇〇字)の閲読を不許可とし、右部分を抹消のうえ、同月二一日原告に同紙を交付したことは認める。同(七)の事実中、昭和五五年二月二二日新地平社から原告に「新地平」が差し入れられたこと及び被告所長が同誌の一一七ページから一一九ページにわたつて掲載された右書籍の書評のすべて(約二五〇〇字)の閲読を不許可とし、右部分を抹消のうえ、同月二五日原告に同誌を交付したことは認める。同(八)の事実中、昭和五五年三月七日長谷川健三郎から原告に「週刊ポスト」が差し入れられたこと及び被告所長が同誌の七七ページから七九ページにわたつて掲載された右書籍の書評のすべて(約四〇〇〇字)の閲読を不許可とし、右部分を抹消のうえ、同月八日原告に同誌を交付したことは認める。

3  請求原因3の(一)ないし(三)は争う。同(四)の事実中、本件提訴当時までに、大阪拘置所では本件書籍の校正刷り、京都拘置所では本件書籍の原書及び千葉刑務所では本件書籍が、それぞれ各一人の未決収容者に閲読許可された事実は認め、その余は争う。同(五)の〈1〉ないし〈3〉の主張は争う。

4  請求原因4及び5は争う。

四  被告らの主張

1  本件書籍及び本件校正刷り並びに本件雑誌等の一部の閲読不許可について

(一) 本件書籍について

本件書籍の内容は、後記のとおりであつて、被告所長は、これを原告らに閲読させると、原告らの後記違法な対監獄闘争の活発化を招き、施設の規律維持を害するおそれが大きく、またその部分のみを抹消又は切り取つて閲読を許可したとしても、本件書籍の底流となつている囚人組合運動を肯定する論調が存する限り、同様の結果をもたらすおそれがあると判断して、その閲読を全面的に不許可とした。

(二) 本件校正刷りについて

本件校正刷りは、本件書籍の一ページから三六ページまで(まえがき、第一章投獄の諸機能)、三〇〇ページから三二七ページまで(第七章結論、原註、参考文献)及び三二九ページから三四三ページまで(訳者あとがき)の校正刷りであつて、被告所長は、これについても、本件書籍を不許可としたのと同様の理由から、これを原告に閲読させることはできないと認め、その閲読を不許可とした。

(三) 「世界革命」について

被告所長は、右「世界革命」の一一面「読書案内」欄に掲載されていた本件書籍の批評と内容を紹介した記述中、六か所五五行約七五〇字につき、対監獄闘争をあおり先鋭化させると判断し、同部分を抹消した。

(四) 「朝日新聞」について

被告所長は、右「朝日新聞」の一三面「新刊抄」欄に掲載されていた本件書籍の紹介につき、これをそのまま原告ら多数の未決収容者に閲読させることは、影響力の大きい新聞記事という事情から、対監獄闘争を行つていない一般の未決収容者にもこれを無批判で受け入れるなどの悪影響を与え、特に原告については、右紹介を自己の対監獄闘争の正当性を位置付けるものとしてとらえ、今後の違法、不当な行動をより先鋭化するおそれがあるものと判断し、同部分を抹消した。

(五) 「救援」について

被告所長は、右「救援」の八面下段に掲載されていた本件書籍の書評につき、その内容は、筆者の日本の監獄等に対する敵対的考え方と本件書籍の内容を交錯させて今後の対監獄闘争の活発化をあおるものであると判断し、これを原告らに閲読させることは、違法、不当な対監獄闘争の先鋭化、活発化を招き、ひいては規律を害する行動につながり、拘禁目的を害し、施設の正常な管理運営に著しい支障を生ずる相当の蓋然性を有するものと認め、同部分を抹消した。

(六) 「人民新聞」について

被告所長は、右「人民新聞」の七面に掲載されていた本件書籍の読書紹介につき、その内容は、現在の対監獄闘争の状況と本件書籍の内容とを対比させ、本件書籍を今後の対監獄闘争の継続発展のための参考(教訓)書として推薦して対監獄闘争を示唆するものであると判断し、これを原告らに閲読させることは違法、不当な対監獄闘争の活発化、先鋭化を招くものと判断し、同部分を抹消した。

(七) 「新地平」について

被告所長は、右「新地平」の一一七ページから一一九ページにかけて掲載されていた本件書籍の読書案内につき、その内容は、本件書籍の内容を無批判に是認したもので、本件書籍の縮小版にすぎないものであると判断し、同部分を抹消した。

(八) 「週刊ポスト」について

右「週刊ポスト」については、既に同年三月四日、被告所長がその閲読の許否を審査し、後記のような一部抹消措置を行つたうえ、他の収容者約七五人に交付していたので、原告についても同じ部分を抹消のうえ、同月八日に交付した。すなわち、右雑誌の七七ページから七九ページにかけて前記のとおり閲読不許可にした本件書籍の内容紹介が掲載されていたが、その内容は、本件書籍中の囚人暴動や囚人組合運動等の内容を詳細に紹介記述したものであつたことから、これを収容者に閲読させることは、違法、不当な対監獄闘争の活発化、先鋭化を招くものと判断し、同部分を抹消した。

2  本件各処分の適法性について

(一) 当時の東京拘置所の保安状況

東京拘置所は、主として拘置監からなる監獄であつて、主に刑事被告人及び死刑の言渡しを受けた者を拘禁する施設である。本件各処分を行つた当時の東京拘置所における収容者数及びその内訳状況(昭和五五年一月一四日現在)は、収容者総数が一八二七名、そのうち未決収容者が一〇九五名、懲役受刑者等が七三二名であり、右未決収容者中には、いわゆる土田邸爆破事件、連合赤軍リンチ事件、連続企業爆破事件等の公安事件関係者が六九名含まれていた。そして、右公安事件関係者らを支援する「救援連絡センター」や、一時同センター内に設けられていた「獄中者組合」、あるいは現在同センター内に設けられている「共同訴訟人の会」と称する集団は、収容者と連携をとり、例えば「獄中者組合」は、「日帝支配体制を壊滅するため、まず監獄を解体する」などと唱え、拘置所の秩序の破壊を企図し、部外者は拘置所の塀外をデモしながらマイクを用いて収容者に対し、「獄中者の団結、監獄の解体、犯罪者の解放」などと叫び、拘置所内での闘争手段としてハンスト、点検拒否、作業拒否等を指示するなどの不法活動を行い、更に、これら外部からの働きかけは、公安事件関係者のみにとどまらず、他の一般の刑事被告人らに対しても、パンフレツト、手紙、面会等によりオルグ活動を活発に行つていた。そして、原告を始めとする公安事件関係者は、右に呼応して、朝夕の点検の際、大声で叫んだり、シユプレヒコールを繰り返したり、足踏みをしたり、房扉房壁を乱打し、点検を拒否したり、その他職員の指示に従わなかつたり、あるいは、自己の要求を通すためのハンストを始めるなどの規律違反行為を反復継続していた。しかも、一人が右のような規律違反行為を始めると、相呼応して他の者も同様の行為を行うため、舎房全体が騒然となることもあつた。なお、原告の所属する「共同訴訟人の会」は、「監獄解体、獄中者の解放に向けて、監獄の差別、抑圧、分断支配及び一切の収奪と虐殺を許さず、共同訴訟その他さまざまな闘いを組織することによつて獄中戦線の一翼を形成していく」ことを目指し、対監獄闘争の必要を世論に訴える対外的な活動として法制審議会の監獄法改正作業に対する反対運動を行つており、収容者の会員に抗議のハンスト闘争を行わせていた。また、施設の管理機能に対する攻撃として、訴訟、告訴等をひん発して職員の士気を低下させ、経常業務に影響を与えることにより収容者の施設に対する不満を増大させようとしており、更に、毎年春秋二回、「獄中者組合」の主唱、煽動によつて拘置所に対して行われる獄中獄外統一行動の機会等に、点検拒否、起床拒否、ハンスト、シユプレヒコール、器物損壊等の規律違反行為を行つていた。そして、収容者の中には、「獄中者組合」、「共同訴訟人の会」らの集団が主唱、煽動する違法、不当な対監獄闘争に興味と関心を示す者も多く、自らこれらに参加する者のほか、何らかの形で働きかけを受けた場合には、前記「統一行動日」等において、これに連帯し、点検拒否、シユプレヒコール等の規律違反行為を行うおそれのある者も多数認められた。また、海外に脱出した日本赤軍は、新左翼紙「人民新聞」を通じて、連続企業爆破事件を引き起こした原告らが所属する東アジア反日武装戦線との共闘を呼びかけるとともに、同事件の被告人四名を奪還しようとする不穏な動きを表明するという緊迫した情勢下にあつた。前記のような状況から、東京拘置所は保安秩序の維持に細心の注意を払わなければならない状況にあり、これら不当な規律違反行為の波及を防止し、保安秩序を維持するためには、職員の人海戦術に頼らざるを得ない状況で、しかも、保安課職員のみをもつては施設全域をカバーすることが困難であるため、事務職員を応援させたり、職員の休暇を取り消すなどの苛酷な方策を講ぜざるを得ない事態が発生し、施設運営上の支障は極めて多大であつた。また、対監獄闘争の同調者を増やして組織の強化を図つて行こうとするいわゆるオルグ活動の防止にも苦慮していた。

ところで、収容者は、その知能、学歴、経歴等が多種多様であるだけでなく、過去何回となく拘禁されていわば拘禁ずれしている者、拘禁中であつても気ままに振舞おうとして、処遇に当たる職員や他の在監者にやたらと威勢を示し秩序を乱そうとする者、放恣な生活に馴れて規律のとれた生活に順応しにくい者等が多く、かつ、これらの者はおしなべて他との協調性に乏しく、利己的で、自ら反省するかわりに他を責めるに急であり、ややもすれば処遇の緩和を求めて職員に対し理不尽な非難、攻撃、嘲笑等を加えたり、他の収容者を煽動したりする傾向が事実として現存している。したがつて、小さな秩序、規律の破たんによつて、施設全体が不穏な状態に陥る強い危険性を常にはらんでいるのである。そのため、同所内の秩序を推持し、未決勾留制度を適正に保持するについては、拘置所内外の警備を厳重にするだけでなく、収容者の発受する信書及び文書図画の検閲を慎重に行い、拘禁の目的に反し、監獄の規律に有害な文書図画の閲読を規制する必要性が大であつた。

(二) 原告の性向、行状

(1) 原告に関する収容等の経緯

原告は、大道寺将司ほか数名と爆弾による武闘組織「東アジア反日武装戦線」を結成し、海外進出企業に対して継続して爆弾による爆破闘争を行うことを企図し、昭和四九年八月三〇日の三菱重工爆破などいわゆる連続企業爆破事件を引き起こした事件の被疑者として、昭和五〇年五月一九日警視庁三田警察署に逮捕され、その後、爆発物取締罰則違反、殺人、殺人未遂及び殺人予備の罪名で起訴された者であり、昭和五四年一一月一二日東京地方裁判所において死刑の判決言渡しを受けたが、同月一四日控訴し、現在東京拘置所に収容中の刑事被告人である。

(2) 原告の動静

原告は、前述した「共同訴訟人の会」の主導的メンバーであるが、更に、現状の「共同訴訟人の会」の活動にもあきたらず、より強力な闘争が必要であるとして、会の組織、運営方法の改革案を外部支援者に発表し、改革後の議長職につくことを表明し、かつ、東京拘置所収容者はもちろん、外部支援者あるいは警察署の留置場に収容されている被疑者に対してまでも、通信、面会を通じて組織への参加を呼びかけるなどしてオルグ活動の中心的役割をも果たすなど、極めて積極的な対監獄闘争を行つていた。また、原告は、大声、ハンスト、点検拒否、職員暴行等の規律違反行為を繰り返し惹起するなど抗争性が顕著であつた。

(三) 本件書籍、本件校正刷り及び本件雑誌等の書評記事等について

(1) 本件書籍について

本件書籍の構成は、まえがき(一~三ページ)、第一章投獄の諸機能(四~三六ページ)、第二章イギリスの刑罰政策―過去の発展ときたるべきもののかたち(三七~六九ページ)、第三章監獄のなかの人民(七〇~一四一ページ)、第四章イギリスの囚人たちの抗議―歴史的まえがき(一四二~一六一ページ)、第五章PROP(「囚人たちの権利保存」)の起源と発展(一六二~二三七ページ)、第六章アメリカ合州国における囚人組合の起源と発展(二三八~二九九ページ)、第七章結論(三〇〇~三一四ページ)、原註、参考文献等(三一五~三二八ページ)及び訳者あとがき(三二九~三四三ページ)となつており、その内容は、イギリスの囚人たちの抗議運動、PROP(イギリス囚人組合)の起源と発展、アメリカにおける囚人組合の起源と発展等の記述が主たるものであり、囚人組合が結成されるに至るまでの過程として囚人が各種の暴動や対監獄闘争を企て、実行したこと等が肯定的かつ具体的に記述されていた。たとえば、〈1〉三〇〇人以上が座り込んで作業拒否を行つたこと、更に、これらの団結に基づいて監獄当局に各種の要求をつきつけたこと、〈2〉舎房内で一斉に大声を発し、房壁を乱打し混乱させ、更には混乱に乗じて逃走を計画し実行したこと、〈3〉房内の椅子を破壊して外に投げ出し、これに火のついたタオルを投げて火災を起こそうとしたこと、〈4〉房内の寝具に火をつけて火災を起こそうとしたこと、〈5〉ダイナマイトでぶつとばしたこと等という記述が枚挙にいとまがないほど具体的に記述されていた。

ところで、収容者には、一般的にその意に反して強制拘禁されたという不平、不満があり、ささいな刺激によつても精神の平衡を失い異常な突発行動に出ることが経験則上予測されるところ、前記の如き保安状況下にあつた東京拘置所においてはなおのこと、前述したような規律違反行為、暴動等の手段、方法、態様等に関する記述を収容者に閲読させることは、公安事件関係者はもとより一般の未決収容者についても強烈な刺激を与え、無用な闘争心を駆り立たせて対監獄闘争を活発化させ、けんそう、騒じようにわたる行為を誘発して事態の収拾が困難となるような結果をもたらすおそれが多分にあつた。

(2) 本件校正刷り及び本件雑誌等の書評記事について

本件校正刷りは本件書籍の一部がそのまま印刷された文書であり、また、本件雑誌等の書評記事は、日本の監獄等に対する独善的、敵対的な思想を根底とし、加えて本件書籍の内容をこれと交錯させて今後の対監獄闘争をあおり、対監獄闘争の現状と本件書籍の内容とを対比させ、本件書籍を今後の対監獄闘争の継続発展のための参考(教訓)書として推薦して対監獄闘争を示唆し、囚人暴動や囚人組合運動等の内容を紹介したものであつて、これらを収容者に閲読させることもまた、同人らに強烈な刺激を与え、けんそう、騒じようにわたる行為を誘発するおそれが大であつた。

(四) 本件各処分の法令上の根拠について

在監者の図書閲読につき、法三一条は、一項において「在監者文書、図画ノ閲読ヲ請フトキハ之ヲ許ス」、二項において「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と各規定し、これを受けて規則八六条一項は「文書、図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ規律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と規定している。そして、本件訓令三条一項は、「未決拘禁者に閲読させる図書、新聞紙その他の文書、図画は、次の各号に該当するものでなければならない。(一)罪証隠滅に資するおそれのないもの、(二)身柄の確保を阻害するおそれのないもの、(三)紀律を害するおそれのないもの」と規定し、同条五項は、「前四項の規定により収容者に閲読させることのできない図書、新聞紙その他の文書、図画であつても、所長において適当であると認めるときは、支障となる部分を抹消し、又は切り取つたうえ、その閲読を許すことができる。」と規定している。また、本件通達は、未決拘禁者に対する文書、図画等の閲読の許可基準に関し、その二の1において「(一)未決拘禁者に対しては、たとえば(1)当該施設に収容中の被疑者、被告人が罪証隠滅に利用するおそれがあるもの、(2)逃走、暴動等の刑務事故を取り扱つたもの、(3)所内の秩序びん乱をあおり、そそのかすおそれのあるもの、(4)風俗上問題となるようなことを露骨に描写したもの、(5)犯罪の手段、方法等を詳細に伝えたもの、(6)通信文又は削除し難い書込みのあるものあるいは故意に工作を加えたもの(中略)などは、その閲読を許さないこと。」とし、二の2において「五項により図書、新聞紙等の支障となる部分を抹消又は切取りのうえ、その閲読の許否を決定するに当たつては、抹消又は切取りによつて生ずる問題を十分に検討して行う」ものと指示している。

(五) 被告所長の本件各処分について

本件書籍の内容には、前述したとおり、囚人組合結成に至るまでの過程として囚人が各種の暴動や対監獄闘争を企て実行したことが肯定的かつ具体的に記述された箇所及び囚人組合運動を肯定する論調の箇所が数多くあり、また、本件校正刷り及び本件雑誌等に掲載された書評記事等について、本件書籍を全体的に肯定するものであるところ、もし右内容の本件書籍等を在監中で不安定な精神状態にあつた原告ら収容者が閲読した場合には、これまでの原告らのいわゆる公安事件関係収容者の言動、当時の対監獄闘争の状況にかんがみ、原告をはじめとする収容者に違法、不当な対監獄闘争を示唆し鼓舞させる材料を与え、これが対監獄闘争の活発化を招き、本件訓令三条一項の身柄の確保を阻害するおそれ又は規律を害するおそれが多大であると認められたもので、かくの如きは規則八六条一項の身柄の確保、監獄の規律を維持するうえで害がある場合にあたることは明白であり、よつて、被告所長の本件各処分は正当である。

ところで、未決拘禁者に閲読させる新聞、雑誌等の取扱いについては、本件訓令及び本件通達によつて、閲読に支障があると認める部分の抹消又は切取りについて、あらかじめ書面によつて本人の同意を得ること(一一条一号及び一九条一号)と定めており、原告は、右の取扱いを了承し、これに基づいて抹消、切取りされることを承知のうえ、これらを認諾した交付願を被告所長に提出している。したがつて、原告は、本件雑誌等の記事のうち閲読に支障があると認める部分の抹消又は切取りについてはこれを承諾しているものと認められるから、この面においても本件各処分は適法である。

(六)(1) 原告は、未決勾留によつて拘禁された者に対する図書等の閲読の自由を制限しうる旨定めた右(四)掲記の各規定は、知る権利を保障した憲法諸規定に違反し無効であると主張する。しかしながら、閲読の自由もその制限が絶対に許されないものではなく、これに優越する公共の利益のための必要から一定の合理的制限を受けることがあることもやむをえないものといわなければならない。しかして、未決拘禁は、刑訴法に基づき逃走又は罪証隠滅の防止を目的として被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものであるが、在監者は社会各般の階層から成り、しかも一般社会からその意に反して強制的に隔離収容されたという特殊な環境と在監者の性格や心理状態等によつて精神の平衡を失いがちであるから、これらの在監者を多数収容してこれを集団として管理するにあたつては、在監者の生命、身体の安全の確保、衛生及び健康の管理、施設内の平穏の確保等その秩序を維持し正常な状態を保持するために、一般社会とはおのずから異なつた配慮をする必要がある。そのためには、在監者の身体の自由を拘束するだけでは足りず、右に述べたような配慮に照らし、必要かつ合理的な限度において在監者のその他の自由に対し制限を加えることもまたやむをえないものといわなければならない。

法三一条二項は、在監者に対する文書、図画の閲読の自由を制限しうる旨を定めるとともに、制限の具体的内容を命令に委任し、これに基づき規則八六条一項はその制限の要件を定め、更に本件訓令及び本件通達は、制限の範囲、方法を定めており、右各規定によつて図書等の閲読の自由を制限しうるのは、当該図書等の閲読を被拘禁者に許すことにより、監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められる場合で、かつ、右制限の程度は右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるものと解すべきものである。したがつて、法三一条、規則八六条一項、本件訓令及び本件通達の文書、図画の閲読は拘禁の目的に反せず、且つ監獄の規律に害なきものに限り許すとの規定は、監獄の目的を達成するために必要不可欠の合理的な制限を定めたものであり、結局公共の福祉に合致するものであつて、憲法の諸規定に違反するものではない。更に、原告は法三一条二項が憲法四一条等に違反すると主張するが、法律による行政の原理としては制限される対象と制限の範囲とが法律によつて特定されていれば足りるのであり、具体的な執行の基準について委任命令をもつて定めることを否定するものではない。右規定は制限の対象を在監者とし、その範囲を文書、図画の閲読と規定していて委任事項が具体的に規定されているからこれは憲法に反する一般的包括的委任ではない。

(2) 原告は、憲法三一条が刑事手続のみならず、行政手続にも適用され、したがつて行政手続にあつても処分を受ける者に対する事前の告知と聴聞が保障されなければならない旨主張する。

憲法三一条は刑事罰を科する手続を法律で定めるべきことを規定したものであるから、これがすべての行政手続に及ぶものと解することはできず、したがつて、右規定が行政手続としての拘禁施設における文書、図画等の抹消・閲読不許可処分に直接適用されることを前提とする原告の主張は失当である。仮に、憲法三一条が刑罰以外に国家権力によつて個人の権利、利益を侵害する場合に適用ないし準用されるべき場合があると解されるとしても、同条は、国家権力が個人に対しその権利、利益を侵害するすべての場合に、常に必ずその者に予め告知・聴聞の機会を与えて、意見を開陳し弁解、防禦をなすことを得させることを要請したものとは考えられず、刑罰以外のものについては、事柄の性質から判断し、予め告知・聴聞の機会を与え、弁解、防禦をなすことを得させることが、憲法全体の建前から見て、基本的人権の保障のうえに不可欠のものと考えられない限りは、憲法三一条に反すると解すべきではない。

右の観点からすると、仮に憲法三一条が行政手続にも適用ないし準用されるとしても、その範囲は刑事処分に準ずるような処分に限定されると解するのが相当であるというべきで、本件各処分のようなこれとは全く異なる処分は含まれないと解するのが相当である。そうすると、刑事処分に準ずるような処分に当たらない限り、告知・聴聞の手続を設けるか否かは立法裁量に委ねられており、これを設けなかつたからといつて、違憲の問題は生じないものというべきである。そして、本件各処分に関しては、告知・聴聞の手続を履践すべき旨の規定が全く存しないので、これが履践されなかつたからといつて、違憲、違法の問題を生ずる余地がないものというべきである。

(3) 原告は法三一条二項にいう文書、図画の閲読に関する制限が刑訴法八一条に規定する制限と同一であると主張するが、法三一条一項の制限とは未決拘禁等各種の拘禁のそれぞれの目的上、監獄の規律上及び監獄の管理上の制限を意味しているのであつて、刑訴法八一条にいう勾留目的による制限のみを意味するものではない。

(4) 原告は、本件書籍等には、原告の拘禁と戒護に明白かつ現在の危険を生じるような内容は全く含まれていないから、本件各処分は違法、不当である旨主張する。

しかし、原告主張のように、図書等の閲読不許可の基準が、拘禁及び戒護を害する危険が明白かつ現在している場合に限られるとすれば、多数の収容者を集団的に管理しつつ拘禁目的の達成を実現しなければならない拘置所において、拘禁目的及び戒護等に対して明白かつ現在の危険を生ずる程度に至るまで制限措置を講ずることができないこととなり、かくしては拘置所という公営造物の適正な運営はとうてい成り立たないものであることは自明である。したがつて、当該図書等を閲読させることが拘禁目的を阻害し、施設の秩序を害する等正常な管理運営に支障を来す相当の蓋然性が認められる場合には、これを制限することができると解すべきである。

(5) 原告は、大阪拘置所、京都拘置所及び千葉拘置所(刑務所)では、本件書籍を抹消せずに閲読を許可していること及びイギリスの監獄でも受刑者に閲読を許可していることをとり上げて本件不許可処分の不当性を主張しているが、未決収容者の図書の閲読については、収容者の経歴、性格、日常の行状、当該監獄の収容状況等諸般の具体的事情によりその許否を決すべきものであるから、事情の異なる東京拘置所以外の例をとり上げての主張は失当である。

(6) 更に原告は、本件閲読不許可処分は、原告らの囚人運動の発展を妨害するためになされた処分であると主張する。しかしながら、原告らの対監獄闘争は、前記のとおり、拘置所の秩序破壊等を目的とするものであり、被告所長は、施設における収容者の身柄の確保及び規律維持上必要かつ合理的な措置として本件閲読不許可処分をしたものであるから、原告の右主張は失当である。

五  被告らの主張に対する認否

被告らの主張1の事実中、その主張の各処分が行われたことは認めるが、その余は否認し、主張は争う。本件書籍等の内容やその評価は後記のとおりである。同2の(一)のうち東京拘置所在監者間に「獄中者組合」や「共同訴訟人の会」という団体のあること、原告は後者に加入していることは認めるが、その余は否認する。右団体等の動向は後記のとおりである。同(二)の(1)の事実及び同(2)中、原告が「共同訴訟人の会」のメンバーであることは認めるが、その余は否認する。同(三)の(1)及び(2)は争う。本件書籍等の内容やその評価は後記のとおりである。同(四)は認める。同(五)は争う。

六  原告の反論

1  被告所長の本案前の主張に対する反論

(一) 請求の趣旨3ないし8項の各訴えについて

在監中である原告は、本件雑誌等の閲読不許可処分により現に本件雑誌等の閲読そのものを禁止され、もつて右各文書の閲読禁止状態を受忍すべき地位を強制されているから、この点において原告は右各訴えの利益を有する。次に原告は、将来本件と同一の違法な行政権の行使により、人間にとつて最も基本的な権利である知る権利が不可避的に侵害される切迫した危険にさらされており、それ故に現在において右違法な行政権の行使を事前に阻止することによつて、自己の権利を防禦すべき必要性を有する。更に、原告は、本件雑誌等の閲読を強く希望しており、また同各文書はいずれも公刊物であつて、同一文書が容易に入手できることから、近い将来同一文書が原告に差し入れられることは確実である。この場合、同一文書であること及び被差入人が同一人であることから、本件と全く同様の閲読不許可処分がなされその結果該当部分が抹消されること明白である。ところが抹消行為自体によつて文書の毀滅という物理的原状回復不能という結果をもたらし、もつて物としての当該文書による閲読を絶対的に不能とし、またその性質上、時間的にも抹消の途中においてこれを阻止すべき有効な手段が全くないから、ひとたび抹消行為がなされれば原告において、これを阻止ないし事後的に原状回復することが著しく困難となる。したがつて、原告は、この点において将来の違法な閲読不許可処分に対する事前の防止として、本件閲読不許可処分の違法確認を得る必要性と利益を有するのである。

(二) 請求の趣旨9項の訴えについて

行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)三条は、抗告訴訟として四類型を規定するが、これは抗告訴訟を右類型のみに限定する趣旨ではなく、行政庁に作為を命ずることを求める、いわゆる義務付け訴訟もいわゆる無名抗告訴訟として抗告訴訟の中に含まれることを予定している。

原告は、刑事被告人として東京拘置所に勾留されている者であるが、みだりにその基本的人権を制限されるいわれはなく、憲法一三条、二一条等が保障する「知る権利」を有することは当然であつて、原告に対し文書等の差し入れがあつた場合には、被告所長は、原告に同文書を閲読させるべきことを法により覊束されている。

したがつてひとたび司法権により被告所長のなした前記閲読不許可処分が違法であると判断されれば、被告所長は速やかに原告に対し同文書等を閲読させなければならず、そこにはもはや何らの裁量権も存しない。そしてかかる場合には、裁判所が直ちに被告所長に対し閲読させるべきことを義務付けることが侵害されている原告の権利を回復させるに適正にしてかつ迅速な手段であり、被告所長の違法な処分を排除し、原告の基本的権利を保障するために不可欠なものである。また被告所長は、抹消した文書の内容を十分に知悉しており、これを原告に対し文書でもつて告知することは一義的にその行為の内容が特定され単純にして明快なものであるから、被告所長の裁量権の介在する余地が全くなく、裁判所が右を命じたところで如何なる行政上の不都合も発生しない。

よつて、請求の趣旨9項のとおり裁判所が被告所長に対し作為を命ずることは当然に許容されるものである。

2  本件各処分の処分理由の主張に対する反論

(一) 被告らは未決拘禁者の新聞紙、図書等の閲読の自由の合理的制限は監獄内の規律及び秩序の維持のために必要であると主張する。しかしながら仮にかかる制限を加えられることがやむを得ない場合があるとしても、右制限が許されるためには、当該閲読を許すことにより右の規律及び秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、被拘禁者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況、当該新聞紙、図書等の内容その他の具体的事情のもとにおいて、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であると解すべきである。しかるに被告らの主張するところは、その処分の対象として抽象的な被拘禁者一般を前提として個別の被拘禁者の事情を全く考えない一律のものであり、かつ、主観的危惧感がわずかでも認められるか否かを問題とするものであつて、とうてい本件各処分の判断基準足りえないというべきである。

(二) 被告らは、本件各処分が適法である理由として処分当時の東京拘置所の保安状況、原告の性向、行状及び本件書籍等の内容を述べるが、これらの主張はいずれも次のとおり事実と相違し、その理由のないことが明らかである。

(1) 当時の東京拘置所の保安状況について

被告らは本件当時、東京拘置所においては、収容者による対監獄闘争が行われ、施設が不穏な状態に陥る危険性があつたというが、当時同所では、いわゆる「統一行動」の際以外は集団的規律違反行為がなされておらず、対監獄闘争は昭和五二、五三年をピークにして昭和五四年には既に下火となつてきていたのであり、本件各処分当時監獄内の管理、保安の状況は決して悪くなかつたのであるから被告らの主張は事実に反する。

(2) 「原告の性向、行状」について

被告は、本件処分当時原告が極めて積極的な対監獄闘争を行つており抗争性が顕著であつたという。確かに、原告は、本件当時より現在まで「共同訴訟人の会」の会員となつているが、同会は未決の被告人を中心として構成され、その目的は獄中者の人権を擁護すること、刑罰制度及び監獄制度の予盾を良い方向に解決すること、犯罪者、囚人自身で再犯や累犯による監獄への再環流を断つこと(すなわち犯罪者自身の手による真の意味での自立、社会復帰)であつて、その手段の基本は法律的な闘争である。原告が「監獄解体」と言うその意味は、監獄がそこへの再環流のための機能しか果していないという現実を変えるという意味であつて、実力に訴えた闘争を意味しているのでは決してない。

原告は、以前より刑罰制度、監獄制度の矛盾等を問題とし、昭和五三年までは、獄中者組合所属の在監者らとともに統一行動としてシユプレヒコール等の手段によつてその主張を拘置所当局に表現し、かつこのような主張を行なつていることを周囲の被拘禁者に訴えようとしていた。しかし、このような手段が結局有効な手段ではないことが判明したため、その後は規律違反を口実にした懲罰を招く実力闘争的な手段を取らずに、訴訟を含めたより合法的な手段を指向するに至つた。原告の用いる手段は、民事・行政訴訟、国会議員に対する請願、陳情、法務大臣に対する文書による陳情、要求、保健所などの公的施設に対する調査の申立て、及び施設内部の手続である所長面接、情願などであり、これらはすべて当然ながら懲罰の対象となるような行為ではない。したがつて被告らの主張は失当である。

(3) 「本件書籍、本件校正刷り及び本件雑誌等の書評記事等について」及び「被告所長の本件各処分について」について

被告らは、本件書籍を収容者に閲読させると対監獄闘争が活発化するおそれがあつたと主張する。しかしながら本件書籍は、著者の学位論文であり、その基本的性格は学術論文であつて、右の基本的主張は、過去の実力闘争に偏つた囚人運動の歴史とその反省を踏まえ、今後は社会的に充分な理解を得られるような合法的な手段による運動を行うべきだとする点にあるから被告らの主張とは全く反し、暴動否定の書である。すなわち本書の言おうとするところを各章を追つて要約すると第一章においては、監獄は更生の場であるとの建前にもかかわらず、このような建前としての機能は現実には全く実現されておらず、結局監獄は社会の真の矛盾から目をそらさせる等の階段構造を維持する機能を負わせられていることが示され、第二章においては、これがイギリスの刑罰政策に体現されていることが示され、第三章においては、現在の監獄での囚人の置かれた極めて非人間的な状況を具体的に記述し、特に「犯罪者」が監獄に再環流せざるを得ない状況が示され、第四章においては、自然発生的な監獄での反乱を記述し、これらの反乱が結局弾圧されて終つてしまつたものの、このような反乱を生む背景事実である監獄の状況及びこれに対する抗議はその後も継続したことが示され、第五章においては、このような歴史の中でPROPが成立し、その後これが衰退した経過、特にPROPが抗議行動をエスカレートさせたため当局の弾圧を呼び、このため運動が衰退してしまつたことが示され、第六章においては、アメリカにおける囚人運動の歴史を記述し、その中で、囚人達が自己の立場に目ざめることが重要であること、手段としての訴訟の重要性につき着目すべきことが示されているのであつて、結局本件書籍は、暴動を否定し、訴訟等による合法的闘争こそとるべき手段であることを示しているのであり、その前提として監獄の現状、その現実に果している機能を論じ、これらに囚人自身が、目ざめることが必要であるとしているのである。

また、本件校正刷りは、本件書籍のまえがき、第一章、第七章、原註及び訳者あとがきの部分の校正刷りにすぎない。「世界革命」の本件書籍の書評は、受刑した経験を持つ評者が、極く簡単に本件書籍を要約するとともに現在の監獄の現状を放置しえないものとし、本件書籍を手がかりに監獄内での闘争を開始し、かつ監獄法の改悪を阻止すべきことを説くもの(なお、本書評においては「囚人組合の出現」との標題部も抹消されていない。)、「朝日新聞」の本件書籍の書評は、本件書籍が、刑罰政策や囚人運動を考える上で啓発的であるとするもの、「救援」の本件書籍の書評は、本件書籍が監獄のもつ階級的、非人間的差別の本質を囚人のたたかいを通して明らかにしていることを伝え、また、イギリスの囚人組合等が囚人の婚姻の権利行使を要求している等の例をあげ、日本の運動との異同につき論ずるもの、「人民新聞」の本件書籍の書評は、イギリスの囚人運動が日本における「獄中者組合」と規模や対象が全く異なることを指摘しつつ、獄外での支援体制の必要性を説くもの、「新地平」の本件書籍の書評は、監獄の中での偶発的な「暴動」から、組織化された囚人の反権力闘争にいたる、監獄内の囚人の歴史的な意識の変革に対する洞察がなされているとするもの、「週刊ポスト」紹介記事は、本件書籍を相当程度詳細に紹介した記事であり、本件書籍を要約したものである。

本件書籍等の内容は以上のとおりであつて著者の主張するところは、暴動を否定し合法的手段による囚人運動をすすめる点にあるのであるから原告が本件書籍等を読むことによつて、被告ら主張のような事態が生ずるおそれは皆無であるばかりか、かえつて原告の合法的手段によるべしとする運動方針をますます確固としたものとすることが容易に予想されるのである。したがつて、被告らのこの点に関する主張も当を得ない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  被告所長に対する請求の趣旨3ないし9項の各訴えの適否

1  請求の趣旨3ないし8項の主位的請求に係る各訴えについて

原告は、請求の趣旨3ないし8項において主位的に被告所長がなした本件雑誌等に掲載された本件書籍に関する書評記事を閲読不許可とした処分の違法確認を求めているところであるが、このような行政庁の処分に対する不服の訴えとしては、その取消し又は無効等確認を求めるのが、行訴法の予定する訴訟形式であるから、本訴のようにかかる形式をとらない違法確認の訴えについては、仮にこれが行訴法三条一項にいう行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟として許容されることがありうるとしても、かかる形式以外の訴えでは、当該訴訟の目的を達することができず、かかる形式の訴えによつて始めてその目的を達しうるということが肯定されることがない限り許容されないものと解すべきである。

しかるところ、成立に争いのない甲第二号証の一一、第三ないし第五号証、第六号証の八、第七号証の八、第八号証の七、第九号証、第一〇号証の二、三、第一二号証の三ないし五、第一三号証の一ないし三、原本の存在及び成立に争いのない甲第一一号証によれば、処分三ないし処分八により本件雑誌等の当該部分の記事は黒インクを使用して抹消されており、原状に復することは不可能であることが明らかである。してみると、後記のとおり判決によつて処分三ないし処分八を取り消しても、被告行政庁は、行訴法三三条二項により判決の趣旨に従つて改めて処分をすることはできないから、処分取消しの訴えは結局その利益を欠くこととなるが、この点は、処分の違法の確認を求めても同一に帰し、かかる訴えによつても訴訟の目的を達することはできないというべきである。

原告は、現に本件雑誌等の本件抹消部分の閲読を禁止され、その禁止された状態を受忍すべき地位を強制されているから右違法確認を求める利益がある旨主張する。

しかしながら、前記のとおり閲読の不許可処分の違法を確認したところで抹消部分が回復されるものではないから、原告には回復される法的権利ないし利益は存在しない。したがつて、原告主張の判決がされても原告が抹消された状態にある本件雑誌等の閲読を受忍すべき地位に変更が生ずる余地はなく、原告には右処分の違法確認を求める利益はないというべきである。

次に原告は、将来再び本件雑誌等の差し入れを受けることが予想され、その場合本件と同一の閲読不許可処分により、知る権利が侵害される切迫した危険にさらされており、右違法な行政権の行使を事前に阻止するため、本件雑誌等に関する閲読不許可処分の違法確認を求める必要性がある旨主張する。しかしながら仮に処分の違法確認の訴えに同法三八条一項によつて同法三三条の準用があり、本件各処分の違法を確認した判決が関係行政庁を拘束するとしても、その拘束力は当該事件についてのみ生ずるものであるから、将来行われる差し入れに対する処分に右判決が何らかの法律上の効力を及ぼすものではない。したがつて原告の右主張は理由がない。

更に原告は、抹消行為自体によつて文書の毀滅という物理的原状回復不能な結果をもたらし、ひとたび抹消行為がなされることとなれば、事前にこれを阻止したり事後にその原状を回復したりすることは著しく困難であるとして、本件閲読不許可処分の違法確認によらなければ、今後予想される同種事例において権利の救済が望めないと主張する。しかしながら前記のとおり処分の違法を確認する判決は、将来の処分に対し何らの効力をも有しないから、これによつては将来行われることあるべき処分についての原告のいう権利の救済を望むことはもともと不可能であるというべきである。したがつて、右主張も理由がない。

そうすると原告の右訴えは、特にこれを認めるべき理由ないし必要性を肯定することができないからいずれも不適法としてこれを却下すべきである。

2  請求の趣旨3ないし8項の予備的請求に係る各訴えについて

原告の右訴えは、1と同様被告所長がした本件抹消部分を閲読不許可とした処分の取消しを求めるものであるが、前認定の事実によれば本件抹消部分は黒インクを使用して抹消され、原状に復することができない状態にあることが認められるから、たとえ右不許可処分を取り消す判決がされても原状を回復することは不可能である以上、結局原告は、右不許可処分の取消しを求める訴えの利益を有しないものというべきである。したがつて原告の右訴えはいずれも不適法である。

3  請求の趣旨9項の訴えについて

原告の右訴えは、被告に対し在監者たる原告に差し入れられた文書のうちの抹消にかかる部分の内容を告知すべきことを求めるものであるが、法及び規則を通覧しても、在監者が拘置所長に対しかかる行為を要求しうることを定めた規定は存しないから、原告はかかる請求をすることはできないというべきであるうえ、仮に在監者の要求に応じ拘置所長が文書の内容を告知することがあるとしても、これを告知するか否か、どの程度告知するかは、第一次的に拘置所長の裁量的判断に委ねられるものであつて、裁判所がかかる判断を右所長にかわつてすることはできないから、原告の右訴えも不適法である。

二  被告所長に対する請求の趣旨1及び2項に係る請求並びに被告国に対する請求の可否

1  請求原因1及び2の(一)、(二)の事実並びに同2の(三)ないし(八)の事実中、〈1〉昭和五五年一月越境社から原告に「世界革命」が差し入れになり、被告所長が同紙一一面に掲載された本件書籍の書評記事のうち本文の一部の閲読を不許可とし、右部分を抹消のうえ、同月一九日ころ原告に同紙を交付したこと、〈2〉被告所長は、同年二月一〇日、原告が定期購読している「朝日新聞」第一三面に掲載された本件書籍の書評記事の見出しを含む全文の閲読を不許可とし、右部分を抹消したうえ、そのころ「朝日新聞」を原告に交付したこと、〈3〉同月救援連絡センターから原告に「救援」が差し入れられ、被告所長が同紙八面に掲載された本件書籍の書評記事全部の閲読を不許可とし、右部分を抹消のうえ、同月一六日ころ原告に同紙を交付したこと、〈4〉同月、小沢文行から原告に「人民新聞」が差し入れられ、被告所長が同紙七面に掲載された本件書籍の書評記事全部の閲読を不許可とし、右部分を抹消のうえ、同月二一日ころ原告に同紙を交付したこと、〈5〉同月、新地平社から原告に「新地平」が差し入れられ、被告所長が同雑誌の一一七ページから一一九ページにわたつて掲載された本件書籍の書評記事全部(約二五〇〇字)の閲読を不許可とし、右部分を抹消のうえ、同月二五日ころ原告に右雑誌を交付したこと、〈6〉同年三月、長谷川健三郎から原告に「週刊ポスト」が差し入れられ、被告所長が同雑誌の七七ページから七九ページにわたつて掲載された本件書籍の書評記事全部の閲読を不許可とし、右部分を抹消したうえ、同月八日ころ原告に右雑誌を交付したことの各事実は、各当事者間に争いがない。そして前掲各証拠、成立に争いのない甲第一号証、第五〇号証、乙第一三号証及び証人小山登、同福井準一の各証言を総合すれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

〈1〉被告所長は、本件書籍について、保安会議を開いて検討し、そのうちには刑罰制度あるいは拘禁制度を否定しこれに対する著しい不信感を醸成させるおそれがある箇所、囚人が各種の暴動等を企て、実行したことが肯定的具体的に記述されている箇所、囚人による対監獄闘争を具体的かつ肯定的に記述し、これをあおりそそのかすおそれのある箇所、及びその他施設の規律、秩序のびん乱をあおりそそのかす箇所が非常に多く含まれているうえ、図書全体の基調としても囚人組合や対監獄闘争を肯定し、対監獄闘争の活発化を招くと考えられるものであるところ、一方本件書籍を原告に閲読させると、その余の被拘禁者にも同様の差し入れがされ、原告らによつて行われている違法な対監獄闘争のいつそうの活発化を招き、ひいては施設の規律維持が阻害されることとなる相当の蓋然性があると判断し、規則八六条一項、本件訓令三条一項二号、三号に基づき本件書籍の閲読不許可処分を行つた。〈2〉被告所長は、本件校正刷りについて、既にその第一回目の差し入れの際保安会議で検討し、これが、本件書籍の一部の校正刷りであること、及びその内容を本件書籍を審査したときの問題点と対比したところ、そのとき問題とされた事項が多数含まれていることから、本件書籍と同様の理由と根拠によりその閲読を不許可としていたところ、二回目の差し入れ時にも事情は変つていなかつたため同様の処分を行つた。〈3〉被告所長は、「世界革命」の一一面「読書案内」欄に掲載されていた本件書籍書評記事中の本文六か所五五行につき、保安会議で検討の結果これを原告に閲読させれば対監獄闘争を先鋭化させるおそれがあると判断し、右同様の理由と根拠により同部分を閲読不許可処分とした。〈4〉被告所長は、「朝日新聞」、「救援」、「新地平」、「週刊ポスト」に各掲載された本件書籍書評記事全部につき、同様に保安会議の検討の結果対監獄闘争をあおるおそれがあると判断し、右同様の理由及び根拠により同部分を閲読不許可処分とした。〈5〉未決拘禁者に閲読させる新聞、雑誌等の取扱いについては本件訓令一一条一号及び本件通達記七1によつて、閲読に支障があると認める部分の抹消又は切取りについて、あらかじめ「交付願」と題する書面によつて本人の同意を得ることとされていることから、原告は被告所長に対し、昭和五〇年七月二二日「閲読に支障があると認められた部分は、抹消され又は切り取られてもかまいません」との付記のある雑誌及び新聞紙等の交付願を提出している。

2  そこで以下、被告所長がした本件各処分に関しその違法性の有無について検討する(被告らは、本件閲読制限措置については原告が事前に提出した前記交付願によつて包括的に承諾されているとして本件各処分は適法であると主張するが、右交付願においてした原告の包括的な承諾は、当該制限措置が適法になされていることを前提とし、その上で、抹消等による書籍等の財産権の侵害を受忍しようとするものと解すべきであるから、このことから直ちに本件各処分の適法性を基礎づけることはできない。)。

(一)  原告は、本件各処分の根拠をなす法三一条一項、二項、規則八六条一項、本件訓令及び本件通達がいずれも憲法一九条、二一条等国民にいわゆる知る権利を保障した諸規定に違反し無効であると主張する。

確かに各人が自由にさまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会を持つことは、個人の思想、人格の形成のためのみならず、民主主義社会の健全な発展のために必要不可欠であり、それゆえ、これらの意見、知識、情報の伝達の媒体である新聞紙、図書等の閲読の自由が憲法上保障されるべきことは、憲法一九条、二一条の規定の趣旨、目的から導かれるところであり、かかる解釈は憲法一三条の趣旨にも沿うものというべきである。しかしながら他方未決勾留は、刑訴法の規定に基づき、逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものであるから、これにより拘禁された者は、その勾留の目的のために必要かつ合理的な範囲において身体的行動の自由のみならず、それ以外の行為の自由をも制限されることを免れないところである。また監獄は、多数の被拘禁者を外部から隔離して収容する施設であるから、かかる被拘禁者を集団として管理するについては、内部における規律及び秩序を維持し、その正常な状態を保持することが不可欠である。それ故この目的のためにも必要かつ合理的な範囲内において被拘禁者の身体的自由及びその他の行動の自由に対し一定の制限が加えられることはやむを得ず、以上のような趣旨、目的から、拘禁された者に対し、新聞紙、図書等の閲読の自由を一定範囲で制限することもやむを得ないものと解される。

もつとも未決勾留は、前記刑事司法上の目的のために必要やむを得ない措置として一定の範囲内で個人の自由を拘束するものであり、これにより拘禁される者には、当該拘禁関係に伴う制約の範囲外においては、原則として一般市民としての自由が保障されるべきであるから、これら被拘禁者の新聞紙、図書等の閲読の自由に対する制限は監獄内の規律及び秩序の維持という目的を達するために真に必要と認められる限度にとどめられなければならない。したがつて右の制限が許されるためには、被拘禁者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況、当該新聞紙、図書の内容等やその他の具体的事情のもとにおいて、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であつて、単なる一般的、抽象的な規律、秩序の阻害のおそれでは足りないものというべく、かつ、その制限の程度も、右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまらなければならないというべきである。

原告の指摘する法令等の規定は、いずれも右の趣旨内容によつて規定されていると解され、そのように解される限り、何ら原告主張の憲法の各規定に抵触するものではないというべきである。

次に原告は法三一条二項が権利制限を包括的に命令に委任しているとして憲法四一条、三一条違反をいうが、法三一条二項は、在監者という一定の対象との関係において文書、図画の閲読の制限についての具体的内容を命令に委任したにとどまるから、何ら包括的な委任ということはできず、原告の主張は採用できない。

(二)  原告は、本件各処分は原告に対する告知、聴聞の機会を奪つたままなされたものであるから手続上の瑕疵があり、憲法三一条に違反する旨主張する。

しかしながら本件各処分に関し告知、聴聞の手続を履践すべき旨の法令の規定は存在しないところ本件各処分について法令の規定上告知、聴聞の手続を設けるべきかどうか又は行政処分を行うについて告知、聴聞を行うべきか否かは、当該行政処分の性質が告知、聴聞制度に適合するものであり、かつ、処分によつて失われる利益が重大であつて被処分者にその機会を与えることが基本的人権保障のうえに必要不可欠のものであるような場合以外は、立法者又は行政庁の合理的な裁量に委ねられているものと解すべきである。

本件においては、原告のような未決拘禁者に対し、新聞紙、図書の閲読の許否を決するについて、告知、聴聞の手続を履践しなければならないとすれば、その手続過程において勾留の目的に反し、又は監獄の規律の維持のため相当でないと判断した事項を被処分者に知らせる結果となつて不許可処分の対象とした意味が失われることとなるし、当該不許可処分によつて失われる利益も、告知、聴聞を不可欠とする程重大なものとはいえないから、本件のような閲読不許可処分について告知、聴聞の手続を法令上設けず又は行政庁が右手続を行わなかつたからといつて違憲ということはできない。

したがつて本件各処分に際し告知、聴聞の手続がとられなかつた点に違法は存しないから、原告の右主張は理由がない。

(三)  更に原告は、法三一条二項にいう「制限」について刑訴法八一条に規定する制限をいうと主張するが、前示のとおり未決勾留者については、これを集団として管理する必要から制限が加えられることもありうるのであつて、原告の主張は独自の見解に基づくものというべく、採用することはできない。

(四)  そこで被告所長がなした本件各処分についてその裁量権の逸脱濫用の有無につき、検討する。

(1) 弁論の全趣旨により真正に成立したと認えうる乙第三号証の一、二、成立に争いのない乙第四号証、第八号証、第一四号証、原本の存在、成立の真正ともに争いのない乙第五、第六号証及び証人小山登、同福井準一の各証言を総合すれば、本件処分当時の東京拘置所における在監者の人数、構成、拘置所の保安状況、管理体制等は次のとおりであつたと認められ、これに反する証拠はない。

〈1〉 東京拘置所には昭和五五年一月一四日現在において合計一八二七名が収容されており、そのうち未決拘禁中の被告人が一〇九五名、懲役刑の執行を受けている者が七一二名、禁錮刑の執行を受けている者が三名、労役場に留置されている者が一七名おり、右収容者のうち公安事件関係者は土田邸爆破事件関係二名、連合赤軍リンチ殺人事件関係五名、連続企業爆破事件関係四名、成田闘争事件関係一四名、その他四四名の合計六九名であつた。原告は他の公安事件関係者及び一般刑事被告人約三〇〇名とともに東京拘置所第三区に収容されていた。

〈2〉 東京拘置所においては、当時、在監者の一部によつて「獄中者組合」及び「共同訴訟人の会」という組織が結成されていた。「獄中者組合」は、昭和四九年三月に帝国主義支配体制を打倒して、監獄を解体し、獄中者を解放することをスローガンとし、階級闘争の戦列の強化あるいは一斉の規則違反を活動方針とし、獄外の支援組織である「救援センター」の支援の下に、日常的にあるいは昭和四九年一一月以降毎年春秋二回行われている「獄中獄外統一行動日」等に右支援組織と呼応して組織的に後記のような対監獄闘争を繰り返し、また「氾濫」、「獄中獄外通信」といつた機関紙を発行し、更には不服申立て、訴え提起等を執ように繰り返すことにより職員の士気の低下を図る等の活動を行つていた。「共同訴訟人の会」は、昭和五一年に獄中者解放、監獄解体に向けて共同訴訟その他の闘争により監獄内の処遇改善を要求することを活動方針として結成され、訴訟、告訴、告発等を共同で行う等の対監獄闘争を行い、「獄中者組合」の対監獄闘争行為に同調することもあつた。東京拘置所における対監獄闘争の状況は次のようなものであつた。(イ)獄内闘争。「獄中者組合」、「共同訴訟人の会」の構成員及びその同調者らが、点検拒否、ハンスト、起床拒否、シユプレヒコール、アジ演説、房扉乱打、器物損壊等を定期的にかつ統一的に行つていた。また訴訟、告訴、告発等を頻発するほか、施設幹部に対する面会要求を執ように繰り返す、領置物の領置、仮下げを故意に反復する等の所為を行つていた(これら所為はこれによつて職員の士気を低下させるとともに経常事務に遅滞を生じさせ、ひいて在監者の施設に対する反発を誘発、増大させることにつながるものであつた。)。更に在監者に対する対監獄闘争参加への働きかけが、直接の信書、文書等の送付、同所内におけるシユプレヒコール、アジ演説によるほか、外部支援組織を通した信書送付等の方法により行われていた。昭和五五年六月三〇日当時、対監獄闘争に共鳴して何らかの活動を行つていた者は、当時の在監者総数一六九七名中九二名であつたが、うち四二名はいわゆる一般刑事犯であり、これらの者が対監獄闘争ノ参加するについては、右在監者による働きかけ及び後記外部支援者による働きかけの影響を否定できない。(ロ)外部支援者による獄外闘争。外部支援者によつて面会、信書、パンフレツト類の差し入れ等の交信手段を利用した在監者に対する対監獄闘争への働きかけが活発に行われていたが、右差し入れ件数は極めて多く、昭和五三年九月中における件数は六七八六件であつた。また外部支援者は、闘争等指示の伝達方法として、機関紙等に掲載してこれを差し入れるほか、拘置所周辺でデモを行い拡声機を利用して拘置所内に意思を伝達する、面会の終了際に指示を伝達する等の方法をとつていた。更に東京拘置所に対する直接行動として右デモ等のほか、面会受付所等におけるシユプレヒコール、アジ演説、集団面会要求、特定職員に対する非難攻撃等を行つていた。そして外部支援者からの雑誌の差し入れ等を契機に公安事件関係者が自己の対監獄闘争の決意をいつそう強固にし、右決意を感想文として右雑誌に投稿するなどという現象もみられた。(ハ)統一行動。前記「獄中獄外統一行動日」のほかあらゆる機会をとらえて、前記両組織の構成員等が、外部支援者と呼応して「獄中獄外統一行動」と称し、外部支援組織においてスローガンを掲げ、在監者に対し差し入れのパンフレツトあるいは面会等を通じて右統一行動への参加を呼びかけ、統一行動日には同所周辺で宣伝カーによる宣伝活動あるいは在監者に対する一斉面会の申込みを行い、同所内においては、外部支援者らのスピーカーを通しての呼びかけに呼応してシユプレヒコール、足踏み、房扉房壁の乱打、ハンスト、点検拒否等の対監獄闘争を行うという状況が多数出現し、舎内全体が騒然となることもしばしばあつた。なお昭和五四年から昭和五五年にかけて行われた当局に対する統一行動は、別紙一統一行動等一覧表記載のとおりである。(二)昭和五五年以降右のような事例は減少傾向を示したが、毎年春秋の右統一行動は続いていたほか、個別的に「獄中者組合」や「共同訴訟人の会」の構成員らが対監獄闘争の一環として朝夕の点検拒否やハンスト等の規律違反行為を行い、処遇上の不満から、また拘置所職員のささいな言動をとらえ暴力行為に及ぶこともあつた。これらの行為は右関係者の連帯感ないし同調性の故に極めて伝播し易い状況を呈し、一人が規律違反行為を始めると他の者も次々と、あるいは一斉に同様の行為を行うなどの現象が多くみられた。

〈3〉 東京拘置所では当時、約三〇〇名の保安課職員が常時、交替制で在監者の動静観察、警備その他の事務に従事していた。そして右集団的規律違反行為の行われることが予見できた場合には、全職員が休暇を返上するなどして違反行為に出ると予想される者の警備に当たつたが、違反行為が突発的な場合には、勤務中の職員で違反者の制止にあたり、その結果その他の在監者の動静観察、警備が困難になる等の事態も発生した。いずれにしても前記のような対監獄闘争は、東京拘置所の管理運営に著しい支障を来していた。また日常的にも「獄中者組合」のメンバーらによる対監獄闘争へのオルグ活動を防止する対策にも苦慮していた。

〈4〉 東京拘置所においては、差し入れに係る図書の閲読を許可するか否かの検討は、教育課の所管事項であり、特に問題がないと思われるものは教育課限りで、問題のありそうなものは更に、管理部長、保安課長、各保安課長補佐等で構成する保安会議にかけたうえ所長に意見具申していた。東京拘置所において、昭和五五年三月中に検閲をした図書の数は三万一〇七四点(一日平均一二九〇点)であつた。なお教育課の職員は、課長を含めて五名であり、そのうち図書係は二名にすぎなかつた。

(2) 被告らの主張2の(二)(1)の事実(原告に関する収容等の経緯)は、各当事者間において争いがない。右争いのない事実に前掲乙第八号証、成立に争いのない乙第一一、第一二号証、証人小山登の証言により真正に成立したものと認められる乙第七号証及び証人小山登、同福井準一の各証言並びに原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)を総合すれば、原告の収容歴や行状は次のとおりであつたと認められる。

原告は、昭和五〇年七月二二日から東京拘置所に勾留されているいわゆる連続企業爆破事件の刑事被告人であり、昭和五四年一一月一二日、東京地方裁判所において、爆発物取締罰則違反、殺人等の罪により死刑の言渡しを受け、その後東京高等裁判所で控訴を棄却されて現在上告中であるが、東京拘置所入所後は「獄中者組合」に加入し、昭和五一年に「共同訴訟人の会」が結成されてからは、その主導的メンバーとなり、更に外部支援者らとともに「日本死刑囚会議(麦の会)」を結成し、獄中者に対する通信、外部支援者との通信、面会を通して監獄の解件等を主張する「共同訴訟人の会」等への勧誘活動を行つていた。また原告は、同所入所後、対監獄闘争に積極的に参加して不当な懲罰の撤廃、保護房、戒具の使用の禁止、食事の改善等を要求し、大声、点検拒否、ハンスト、房扉乱打、職員暴行等の規律違反行為を繰り返したため、別紙二受罰状況一覧表記載のとおり懲罰を受け、その回数は昭和五五年一月までに合計九回に及んでいた。原告は、懲罰までに至らない規律違反行為も反復しており、点検拒否は昭和五四年後半まで続けていた。原告は昭和五五年二月一三日から一〇日間、在監者間の物の授受の禁止措置及び発信書の通数制限措置の撤廃を求めてハンストを継続したため、被告所長は同月二〇日と二一日の両日強制医療措置をとつた。ところが原告は、右措置を実施した医師や補助担当職員を傷害罪等で告訴するに及んだ。更に原告は、対監獄闘争の一環として所長面接、告訴、告発、訴訟、法務大臣に対する文書による陳情等各種の不服申立てを繰り返していた。以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(3) 以上認定の諸事情を前提として本件書籍、本件校正刷り及び本件雑誌等(ただし本項及び次項において「朝日新聞」を除く。)に関する本件各処分の適否について検討する。

〈1〉 本件書籍について

前掲甲第一号証によれば次の事実が認められる。

本件書籍の構成は、まえがき(一~三ページ)、第一章投獄の諸機能(四~三六ページ)、第二章イギリスの刑罰政策―過去の発展ときたるべきもののかたち(三七~六九ページ)、第三章監獄のなかの人民(七〇~一四一ページ)、第四章イギリスの囚人たちの抗議―歴史的まえがき(一四二~一六一ページ)、第五章PROP(「囚人たちの権利保存」)の起源と発展(一六二~二三七ページ)、第六章アメリカ合州国における囚人組合の起源と発展(二三八~二九九ページ)、第七章結論(三〇〇~三一四ページ)、原註(三一五~三二五ページ)、参考文献(三二六~三二七ページ)、本書に出てくるおもな地名(三二八ページ)、訳者あとがき(三二九~三四三ページ)となつている。その内容は投獄及び監獄の歴史的機能、イギリスの囚人たちの抗議運動、PROP(囚人達の権利保存)の起源と発展、アメリカ囚人組合の起源と発展等に関する記述が主たるものであるが、イギリスにおいて監獄内での囚人達の抗議運動が獄外の協力者をえて行なわれやがて挫折して行く過程が、またアメリカにおける活発な政治的活動、法廷闘争、監獄暴動等が紹介されており、更に囚人組合が結成されるに至るまでの過程として囚人が各種の暴動や対監獄闘争を企て実行したことが具体的に記述され、その中には(イ)刑罰制度あるいは拘禁制度一般に対して被拘禁者に著しい不信感を醸成させるおそれのある箇所(例えば「投獄のそらし機能はふたつの特殊なレヴエルではたらく。一方では下層階級の小違反者たちを大量に投獄することによつて法律をつくるものたちの犯罪から注意をそらす。……他方、下層階級者違反者の処罰は、一般の人民にはるかに有害で、しかも犯罪化されていない行為から注意をそらすはたらきをする。」(二四ページ)、「監獄は……人民が法的秩序に挑戦するのを抑止するように意図された神秘と恐怖という注意深く維持された雰囲気につつまれている。」(三一ページ))、(ロ)囚人が各種の暴動等を企て実行したことが肯定的具体的に記述されている箇所(例えば「捜査がすすむにつれて、囚人たちはますます非協力的になり、かべをたたいたり、おおごえをあげたりしてさわぎをおこした。すぐに大混乱になつた。暴動がおきた。寝具がまどからなげだされ、おおきな火事があちこちでおこつた。」(一九七~一九八ページ)、「フオルサム監獄では、約二千人の被収容者が州兵とたたかつた。七人の人質をとつた。」(二三八ページ)、「五日にわたつて、被収容者の要求が公式にきかれ、地もとの新聞に発表されるまで人質がとられていた。」(二三九ページ))、(ハ)囚人による対監獄闘争を具体的かつ肯定的に記述し、これをあおりそそのかすおそれのある箇所(例えば「獄中者抗議行動は急速にエスカレー卜した。五月一三日には、三百五十人の囚人がリームウツド・シユラブスですわりこんだ。」(一七四ページ)、「リーズのアームレー監獄では、全獄中者九九六人がひとりの不参加者もなく、獄中の状態に抗議してすわりこんだ。」(一七五ページ)、「ブリクストンでのデモのあいだ、囚人たちは効果的に監獄をのつとり制御した。全国いたるところの刑罰施設の被収容者たちが、あとにつづいていたならば、当局に対する圧力は圧倒的だつたろうし、当局は、PROPの要求のおおくを、組合をつくる権利をふくめて、認めざるをえなかつたであろう。」(一九五ページ))、が多数存在する。また本件書籍全体の基調としては、囚人組合の結成や囚人による対監獄闘争を肯定し、助長する論調である(このことは、表紙カバー裏において本書の内容が「一九七二年、イギリスに結成された囚人組合PROPをはじめ、アメリカ、西ヨーロツパ各地に怒濤のようにまきおこつた囚人運動の起源と展開をドキユメンタリータツチで描き、さらにその歴史的背景を投獄と刑罰制度の変遷の中に探りつつ……監獄の変革と解体をめざす運動の理論的根拠を示す」と要約、紹介されていること、まえがきの部分で「この本は囚人たちの運動に関する本である。つまり、被収容者たちがみずからの物質的な状態についてばかりでなく、投獄されているという事実についても、抗議運動を組織しようとする努力をえがく。」と記述され、更に第七章結論において「囚人たちの闘争のもつとも重要な教訓のひとつは、囚人たちがいつでもとりあげられるし、また制御装置としてもつかわれる現行の特権の制度に反対して、権利のためにたたかわなければならないということだ。」(三〇一ページ)とされていることから明らかである。)。以上の事実が認められ、証人長谷川健三郎の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実によれば、本件書籍は、刑罰制度あるいは拘禁制度一般に対して被拘禁者に著しい不信感を醸成させるおそれのある箇所、囚人が各種の暴動等を企て実行したことが肯定的具体的に記述されている箇所、囚人による対監獄闘争を具体的かつ肯定的に記述しこれをあおりそそのかすおそれのある箇所を多く含むうえ、全体としても囚人組合の結成や対監獄闘争を肯定し助長する論調を含む書籍であるというべきである。一般に監獄内に隔離収容されている未決拘禁者は、その特殊な環境の下にあるからささいな刺激によつても精神の平衡を失い易く、一方拘置所においては前認定のとおり三〇〇名程度の数の職員が交替で一九〇〇名近くの被拘禁者の動静観察、警備等に当たつており、多数の被拘禁者がいつせいに反抗すればその抑止が困難となる事態も予測されるところ、原告ら公安事件関係者は、拘置所及び同所の職員に不信感を持ち、外部の支援者と呼応し相互に連帯し又は同調して対監獄闘争と称する規律違反行為を繰り返していた(対監獄闘争は、本件当時減少傾向を示してはいたが、全く沈静化していたわけではなく、日常的な対監獄闘争や、統一行動はかなり活発に続けられていた。)ものであるから、かかる状況下において、原告に本件書籍を閲読させることは、ますます拘置所及びその職員に対する不信感、敵対意識を増大させ、これまでの対監獄闘争に対する自信を深めさせてこれを激化させる要因となり、他の一般在監者に対し心理的動揺を与えることが予想されるから、東京拘置所内の秩序の維持に著しく困難をきたす事態を招来する強い蓋然性があつたというべきである。したがつて、本件書籍を閲読不許可とした被告所長の処分は、合理的な裁量の範囲内のものということができる。更に本件書籍には前認定のとおり閲読を許可するのを不相当とする部分が多く、その一々を抹消することは前記東京拘置所の人員構成や事務処理体制からして極めて困難であり、拘置所の管理運営上支障を生じさせるものであることは容易に首肯できるから、本件書籍全体を閲読不許可とした被告所長の措置は合理性を有するものとして是認することができる。

原告は、本件書籍が、東京拘置所以外の拘置所では閲読許可となつていることからすれば客観的には本件書籍は拘置所の規律、秩序の維持に危険なものではなかつた旨主張するので検討する。

本件提訴当時までに、大阪拘置所では本件書籍の校正刷り、京都拘置所では本件書籍の原書及び千葉刑務所では本件書籍がそれぞれ各一人の未決収容者に閲読許可されていることは各当事者間において争いがない。しかしながら未決拘禁者の閲読については、前記のとおり当該図書の内容のみならず、被拘禁者の性向、行状、監獄内の管理保安の状況等をも総合考慮してその許否を決すべきものであるから、東京拘置所以外の監獄で、しかも原告以外の者に対し本件書籍の閲読が許可されたからといつて、本件とは事情を異にする以上、前記認定判断を左右するものとはいえない。

もつとも成立に争いのない甲第五一号証及び原告本人尋問の結果によれば、昭和五八年六月ころ原告に対し、本件書籍の一部を抹消した抄本が差し入れられ、これが閲読許可となつた事実が認められるが、閲読許可となつた抄本は、本件訴訟において被告が指摘した問題箇所をすべて抹消したうえ差し入れたものであり、かつ、閲読許可となつた時点と本件当時とは東京拘置所の保安状況等を異にするから(前記のとおり対監獄闘争は昭和五五年以降減少する傾向にあつた。)、右事実もまた前記認定判断を左右するに足りないものというべきである。

〈2〉 本件校正刷りについて

前掲甲第一号証及び第五〇号証によれば、本件校正刷りは、本件書籍の一ページから二六ページまで(まえがき、第一章投獄の諸機能)、三〇〇ページから三二七ページまで(第七章結論、原註、参考文献)、及び三二九ページから三四三ページまで(訳者あとがき)の校正刷りであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすると本件校正刷りの内容は、本件書籍の前記対応部分と同じであるから、これを原告に閲読させた場合、拘置所内の規律、秩序の維持に障害が発生する相当の蓋然性があるとした被告所長の判断は、本件書籍の場合と全く同様の理由により合理的根拠があるというべきである。また右障害を防止するため本件校正刷り全体を閲読不許可とした被告所長の措置にも本件書籍の場合と同様の理由により合理性があると認められる。

原告は、本件校正刷り中閲読許可不相当部分は一部であり、校正刷りは分離が可能な文書であるから、各丁ごとの内容につき独立した判断がなされなければならないところ、被告所長がこれをせずに全体を閲読不許可としたことは裁量権の濫用にあたり違法である旨主張する。

しかしながら、本件校正刷りは、各丁ごと独立した内容を有するものではなく、前認定のように本件書籍のうち、第一章、第七章及び訳者あとがきから成るものであり、いずれも本件書籍の一部と内容的に全く同一であつて全体として囚人組合の結成や対監獄闘争を肯定する論調の文書であるから、本件校正刷り全体を閲読不許可とする必要があるとした被告所長の判断に合理性がないとはいえず、原告主張の違法は存しない。

〈3〉 本件雑誌等について

(イ) 「世界革命」

前掲甲第二号証の一一、第三号証によれば、「世界革命」中被告所長により抹消された本件書籍の書評記事部分は、本件書籍を「投獄されているということ自体にも抗議するようになる組織化の過程を描く。」等と紹介したうえ、「一方的に国家の屈辱的命令に従う存在を拒否して闘うことができるよう準備すべきことを強く訴える。」等と対監獄闘争をあおる論調の書評記事部分であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(ロ) 「救援」

前掲甲第六号証の八及び第七号証の八によれば、「救援」中被告所長により抹消された本件書籍の書評記事は、「敵にとつて恐い本、囚人組合の出現」という見出しの下に「囚人組合の出現では、フランス最初の監獄がライ病患者コロニー跡につくられた事実が書かれている。」等と本件書籍の内容を紹介し、「この本はそのように監獄のもつ階級的、非人間的差別の本質を、囚人のたたかいを通して明らかにしていく。それは本質において日本と同じだが、残念ながら日本の監獄解体のたたかいがいまだ到達しえていない地平である。」等と拘置所側を敵視し、対監獄闘争を肯定する論調の書評記事であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(ハ) 「人民新聞」

前掲甲第八号証の七及び第九号証によれば、「人民新聞」中被告所長により抹消された本件書籍の書評記事は、「監獄闘争知る好著、日本での闘いにも多くの教訓」等という見出しの下に、「七〇年代につくり出されてきた獄中者の運動を権力の弾圧をのりこえて継続、発展させていくために、この本は意義をもちえるし、そのような視点から読まれることを希望する」等と対監獄闘争に極めて好意的かつ肯定的な観点から本件書籍の内容を抜粋して紹介している記事であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(ニ) 「新地平」

前掲甲第一〇号証の二、三及び第一一号証によれば、「新地平」中被告所長により抹消された本件書籍の書評記事は「Mフイツツジユラルド著、長谷川健三郎訳、囚人組合の出現」等という見出しの下に、本件書籍の内容を要約的に紹介したもので、「監獄内での偶発的な“暴動”から、組織化された囚人の反権力闘争にいたる監獄内の囚人の歴史的な意識の変革に対する洞察。それは、女たちの運動や「障害者」たちの運動とも呼応するもののように、私には感じられ、多くの示唆を与えられた。」等と対監獄闘争にも肯定的な論調の記事であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(ホ) 「週刊ポスト」

前掲甲第一二号証の三ないし五、及び第一三号証の一ないし三によれば、「週刊ポスト」中被告所長により抹消された本件書籍の書評記事は、「治者の論理に抵抗した人間の極限、囚人組合の出現」等という見出しの下に、三ページにわたり、本件書籍の内容を詳細かつ忠実に抜粋して紹介した記事であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右(イ)ないし(ホ)の各記事の内容は、囚人組合ないし対監獄闘争を肯定する視点から本件書籍の内容を要約して紹介したもの、あるいは本件書籍の内容を詳細かつ忠実に抜粋したものであるから、前記認定に係る原告の収容歴、行状、東京拘置所内における在監者の数、構成、当時の保安状況、管理体制、拘置外の情勢等諸般の具体的事情のもとにおいて、原告にこれを閲読させた場合には、監獄ないし看守に対する不信感を一層増大させるとともに、対監獄闘争を更に激化させ、規律違反行為を誘発する可能性が相当あるというべきであり、したがつて監獄内の規律ないし秩序を害するに至る相当の蓋然性があるとした被告所長の認定には本件書籍の場合と同様の観点から合理的根拠があり、その防止のため右記事の閲読不許可処分が必要であるとした判断にも合理性があると認められる。

なお原告は、同じ東京拘置所において右「週刊ポスト」掲載の本件書籍の書評記事が抹消されることなく閲読許可され、他の在監者が閲読しているのであるから、右書評記事は拘置所の秩序維持に障害を及ぼすものではない旨主張するので検討する。

なるほど成立に争いのない甲第五三号証中には、昭和五五年三月二四日、東京拘置所在監中の福田稔に対し右「週刊ポスト」が差し入れられた際、右書評記事が抹消されることなく福田に舎下げ交付された旨の記載がある。しかしながら前掲乙第一四号証により認めうる右「週刊ポスト」については既に同月四日、被告所長が本件書評記事部分を閲読不許可とし、右部分を抹消したうえ、原告以外の収容者七五名に舎下げ交付したこと、福田に差し入れられた「週刊ポスト」については東京拘置所に関係資料が残存しないため、書類上からは、被告所長が本件書評記事を含め福田に右「週刊ポスト」の閲読を許可したかどうか不明であることに照らすとにわかに採用することができないし、また、前掲乙第一四号証によれば、仮に福田に交付された「週刊ポスト」の本件書評部分のみが抹消されなかつたとするならば、それは、拘置所側の手続上の過誤によるものと推認される。したがつて「週刊ポスト」掲載の本件書籍の書評記事が東京拘置所において正式に閲読許可となつた事実があると認めることは必ずしもできないというべきであるから、原告の右主張は理由がない。

また原告は、右(ロ)ないし(ホ)記載の雑誌、新聞紙の本件抹消部分中、書評の見出し部分は、原告の拘禁や戒護に影響を及ぼすことはあり得ない旨主張する。

しかし前記認定事実によれば、「人民新聞」における見出し部分のようにそれ自体対監獄闘争を肯定する論調が現れているものも存するばかりでなく、その他の記事の見出しについても本件書籍の表題「囚人組合の出現」が記載されており、見出しを存置して、その余を抹消すれば、かえつて抹消された部分についてのあらぬ憶測を生みそのことによつて原告の対監獄闘争を活発化させる契機になりうるものといいうるから、原告の右主張は理由がない。

(4) 原告は、本件各処分において被告所長が用いた基準は、具体的な処分対象者を前提にせず、かつ、わずかの危惧感でも認められるか否かという極めて主観的かつ緩い基準であつたから、本件各処分は違法である旨主張する。

しかしながら被告所長は、本件各処分を行うに際し、本件書籍等を原告その他の被拘禁者に閲読させた場合の具体的影響を予測し、これにより監獄内の規律ないし秩序を害するに至る相当の蓋然性があるか否かという観点から判断したことは、前記認定のとおりであつて、かかる判断が合理性を欠いているといえないことも前記認定判断のとおりであるから原告の右主張は理由がないというべきである。

また原告は、被告所長が新聞紙、図書等を閲読不許可にできるのは、それを許可することにより拘禁及び戒護を害する危険性が明白かつ現在している場合に限られると主張するが、右のような場合のみならず、当該図書等を閲読させることが拘禁の目的を阻害し、あるいは監獄内の規律、秩序の維持を害するに至る相当の蓋然性が認められる場合にもこれを制限できると解すべきことは、前記説示のとおりであるから、原告の右主張は採用し難い。

更に原告は、本件各処分は、被告所長が原告らの囚人運動を妨害する目的でその裁量権を濫用してなしたものである旨主張する。

しかしながら、被告所長は、東京拘置所の規律ないし秩序を維持するために本件各処分を行つたものであることは、前記認定のとおりであつて、そのいうところの囚人運動が右規律秩序を乱すものであれば、これを制止し、その結果囚人運動に支障を来すことがあるとしてもやむをえないことであり、その故に本件各処分が違法となるものではないから、原告の右主張もまた採用することができない。

(5) 「朝日新聞」について

前掲甲第四、第五号証によれば、「朝日新聞」中被告所長により抹消された本件書籍の書評記事は、「囚人組合の出現、マイク・フイツツジエラルド著」という見出しの下に本件書籍の内容を「イギリスの非人間的な監獄を告発したPROP(「囚人たちの権利保存」)の運動のドキユメンタリーを中心に……監獄制度の起源とそのイデオロギーを分析して、刑罰という思想の根底からこの問題を問おうとしている。」と簡単に要約して紹介し、加えて「囚人組合がアメリカの多くの州、西欧諸国で広がりつつある。」としたうえ、本件書籍が「囚人運動の具体的展開を知るためにも……刑罰政策、囚人運動を考える上で啓発的である。」とする記事であることが認められる。右記事はそれ自体囚人組合や対監獄闘争を肯定し助長する論調のものではなく、右のような内容の簡単で抽象的な新聞記事が監獄内の規律ないし秩序を害する相当の蓋然性があるとみることはにわかに首肯することができない。右記事につき閲読不許可処分のあつた十数日後である昭和五五年三月一日再び右記事のコピーが原告に差し入れられ、今度は閲読が許可されたこと及び読売新聞の書評記事につき閲読が許可されたことについては被告において明らかに争わないところであるが、証人小山登の証言によれば処分四の措置については部内で検討のうえ不許可処分がされたことがうかがわれるところ、三月一日に閲読が許可されるに至つた経緯については被告において何ら明らかにするところがなく、単なる取扱いの過誤とみることもできない。してみると、処分四についての被告所長の判断が合理的な裁量の範囲内にあつたとはいえず、右処分には少なくとも被告所長に判断を誤つたという過失があるものというべきである。

(6) 以上によれば、被告所長が、本件書籍、本件校正刷り及び本件雑誌等(ただし「朝日新聞」を除く。)について本件訓令三条一項二号、三号に違反すると判断し、規則八六条一項により閲読不許可処分を行つたことに関して裁量権の逸脱又は濫用があつたとまでいうことはできないから原告主張の違法は存しないというべきである。

しかしながら、被告所長の「朝日新聞」の書評記事に対する閲読不許可処分は、前示のように裁量権を逸脱してされた違法があるが、原告はその十数日後同記事の閲読を許可されているから、その精神的損害は軽微というべく、慰謝料の額は一〇〇〇円が相当であると認める。

三  以上の次第であるから、原告の被告所長に対する各訴えのうち、「世界革命」掲載の本件書籍の書評記事の一部につき閲読を不許可とした処分及び「朝日新聞」、「救援」、「人民新聞」、「新地平」、「週刊ポスト」掲載の本件書籍の各書評記事全部の閲読不許可処分につき、主位的にその違法確認を求め、予備的にその取消しを求める訴え、並びに右抹消に係る書評記事の内容を告知することを求める訴えをいずれも却下し、被告所長に対するその余の請求を棄却し、被告国に対しては金一〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年六月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、仮執行宣言については相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 時岡泰 中込秀樹 小磯武男)

別紙一、二〈省略〉

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